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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)4930号 判決 1997年6月20日

原告

木口克彦

被告

西脇克児

主文

一  被告は、原告に対し、金一七三五万〇九八四円及びこれに対する平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四四〇五万二八六一円及びこれに対する平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告と被告との間の交通事故による原告の損害について、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づいて、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故

平成四年一二月二三日午前一時四五分ころ、岐阜県多治見市音羽町四丁目三二番地の一先の国道二四八号線路上において、原告が被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)のドアに手をかけたところ、被告が同車を発進させたため、原告が引きずられて転倒した(争いがない。)。

2  原告の受傷

原告は、本件事故により、顔面・右肩打撲・挫傷、右肩鎖関節脱臼、左眼部打撲傷、視神経損傷の傷害を負い(甲七号証の一、八号証の一、九号証、一二号証の一から三まで、一三号証、一四号証の一から三まで)、治療の末、視力低下(左眼視力〇・〇二)、視野狭窄の後遺障害を残し、後遺障害等級第八級一号(一眼の視力が〇・〇二以下になつたもの)と認定された(甲一四号証の一、原告本人(第二回))。

3  原告の受けた治療

原告は、本件事故による負傷の治療のため、平成四年一二月二三日から平成五年一月二五日まではタジミ第一病院に(通院日数六日)、平成四年一二月二八日から平成五年一月七日までは多治見眼科院に(通院日数三日)、同月八日から同年一一月二六日までは名古屋大学医学部付属病院に(通院日数一三日)それぞれ通院(合計二二日間)して治療を受けた(甲七号証の一、八号証の一、九号証、一二号証の一から三まで、一三号証、一四号証の一から三まで)。

4  損益相殺

原告に対し、八六九万七六一九円が支払われた(争いがない。)。

二  争点

1  被告について過失の有無

(原告の主張)

本件事故は、原告が被告車に取りすがつているにもかかわらず、同車を漫然と発進させた被告の重大な過失によつて惹起されたものである。

(被告の主張)

本件事故は、走行している被告車に、原告が停止させようとして無謀にも同車のドア付近につかまつたことにより発生したものであり、もつぱら原告自身の常軌を逸した過失により発生したものである。

2  本件事故による原告の損害額

3  過失相殺

第二争点に対する判断

一  争点1について

甲一五号証及び証人水野富美子尋問の結果については、細部には想像に基づくのではないかと思われる部分もあるものの全体としてその内容に不自然なところはなく、また、現に経験したものでなければ語り得ないような迫真性のあるものであり、反対尋問等においても揺らぐことがない上、同証人がことさら虚偽を述べる事情も見当たらないから、十分に信用するに足るものである。

右証拠に加え、他の証拠(甲一〇号証、一一号証)によれば、被告車は、本件事故現場付近のオリエンタルビル駐車場で助手席に女性を乗せた後、同駐車場から国道二四三号線に出るとその付近で一旦停車したこと、原告が停車した被告車のドアを開けてしばらくの間乗員と話をしていたこと、その後被告車は次第に動き出し、原告は被告車を手でつかんで同車に合わせて走り始めたことが認められる。

証拠(乙一号証、三号証、五号証、原告本人(第一回、第二回)、被告本人)中、右認定事実に反する部分は、いずれも自己に有利に虚偽の事実を述べている疑いがあり容易に信用することができない。

右各証拠(信用できない部分を除く。)によれば、被告は、原告が被告車のドアを開けて被告又は同乗していた川添こずえに対して話をしていることを知りながら被告車を発進させ、さらに原告が被告車を手でつかんで併走していることを知りながらそのまま被告車を走行させて本件事故に及んだことが認められる。人間が被告車をつかんで併走しているような状態にあるのにそのまま被告車を進行させれば、同人を転倒させるなどして傷害を負わせるであろうことは容易に推測されるから、直ちに被告車を安全に停止させるなどして同人を被告車から離す義務が被告にあることは明らかであり、被告にはその義務を怠つて被告車を進行させた過失がある。しかも、被告は、「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ること」(警察法二条)をその責務とする警察官であり、自動車の有する危険性や交通事故のもたらす悲惨な結果などを熟知しているにもかかわらず右のような行為に及んだのであり、その過失はもはや故意に近い重大なものであつて、極めて悪質であると評価される。

二  争点2について

1  治療費及び文書料について

原告は、本件事故による原告の受けた傷害のための治療費及び文書料として、タジミ第一病院分八五八〇円、多治見眼科院分六七九〇円、名古屋大学医学部付属病院分二万七八八〇円の合計四万三二五〇円を請求するが、これらは証拠(甲七号証の一から三まで、八号証の一から三まで、九号証)により認めることができる。

2  通院交通費

原告は、通院交通費として、タジミ第一病院分五八八〇円(四九〇円×二×六日)、多治見眼科院分二九四〇円(四九〇円×二×三日)、名古屋大学医学部付属病院分一万八九八〇円((二三〇円+三二〇円+一八〇円)×二×一三日)の合計二万七八〇〇円を請求するが、これらは証拠(甲七号証の一、八号証の一、九号証、一二号証の一から三まで、一三号証、一四号証の一から三まで)及び弁論の全趣旨により認めることができる。

3  休業損害

原告は、休業損害として、東海硝子製作所分六七万四四八七円(三一五万六二五五円(平成三年源泉徴収票による年収)×七八日(欠勤日数)÷三六五日)、エーシー企画分一一万六三三九円(((一八七万七八二〇円(平成四年源泉徴収票による年収)-一〇万八五〇〇円(平成四年一二月の収入))×一二÷一一)(平成四年の本来の収入))×二二日(欠勤日数)÷三六五日)の合計七九万〇八二六円を請求するが、これらは証拠(甲二号証から六号証まで、原告本人(第二回))により認めることができる。

4  通院慰謝料

原告は、通院慰謝料として、一〇五万円を請求するが、原告が通院した期間は約一一か月間ではあるが、実日数は二二日であることを考慮すると、五〇万円が相当である。

5  逸失利益

原告は、逸失利益として、東海硝子製作所の平成三年の年収三一五万六二五五円とエーシー企画の平成四年の本来の収入一九三万〇一六七円との合計五〇八万六四二二円を基礎として、労働能力喪失率四五パーセント、就労可能年数四二年(新ホフマン係数二二・二九三)として算出した五一〇二万六二二三円を請求する。

なるほど証拠(甲二号証、四号証、五号証、原告本人(第二回))によれば、原告は高校卒業後、岐阜の新興窯業を経て、東海硝子製作所(後に「株式会社TGケラー」と社名変更)に本件事故の二年前(平成二年)ころから勤務し、平成三年には三一五万六二五五円の収入を得ていたが、平成四年になるとパソコン関係への転職を考えて欠勤するようになつていたこと、及び原告は東海硝子製作所での勤務後有限会社エーシー企画の経営するクラブでバーテンの仕事をして平成四年には一八七万七八二〇円(同年一二月は一〇万八五〇〇円)の収入を得たことが認められる。

しかしながら、甲五号証によれば、原告のエーシー企画における就労は安定しておらず、アルバイト的なものであつて、いつまで続けることが可能かどうかについて強く疑問の残るものである。したがつて、原告の逸失利益の算出については平成七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・高卒二五歳~二九歳の年収額四〇六万〇六〇〇円を基礎とするのが相当である。

原告は、症状固定時(平成五年一一月二六日)二五歳であり(甲一四号証の一)、前記のとおり後遺障害等級第八級一号(労働能力喪失率四五パーセント)に認定されている。したがつて、六七歳まで就労可能として新ホフマン係数二二・二九三を乗じた四〇七三万五三三〇円を原告の損害として認めることができる(被告は、原告の労働能力の喪失について、時の経過と障害への順応などを理由として、割合や期間を制限するべきであると主張するが、将来の原告の収入や労働能力喪失割合はいずれも現時点における推測によるものにすぎないことを考慮し、当裁判所は被告の主張する見解は採用しない。)。

6  後遺症慰謝料について

原告は、後遺症慰謝料として、八〇〇万円を請求するが、本件事故の態様、原告の年齢等生活状況など本件に表われた諸般の事情を考慮すると、七〇〇万円が相当である。

三  争点3について

前記争いのない事実に加え、争点1に関する前掲の各証拠(信用できない部分を除く。)によれば、本件事故については、原告が、動き始めた被告車をあえて手でつかんで併走するという極めて無謀な行動を行い、その結果引きずられて転倒したのであるから、原告自身が自ら危険を冒したことも、その起因の一つであつたといわざるを得ない。

このような原告については、公平の観点から本件事故による損害についてその過失を斟酌するのが相当であり、その割合については、前記被告の過失の悪質さなど本件事故に関する一切の事実を考慮すると、五〇パーセントとするのが相当である。

以上によれば、被告らが賠償すべき原告の損害は、合計二四五四万八六〇三円であり、既払金を損益相殺すると、一五八五万〇九八四円となる。

四  原告は、弁護士費用として、四〇〇万円を請求するが、一五〇万円が相当である。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、本件事故の損害賠償として、右合計一七三五万〇九八四円及びこれに対する不法行為の日である平成四年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 榊原信次)

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